大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和56年(わ)284号 判決

裁判所書記官

入江崇允

本籍

京都市上京区五辻通大宮東入二丁目東石屋町七六一番地

住居

同市右京区御室小松野町二四番地の五

京呉服卸売及び仲介業

岩崎正夫

昭和七年三月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官梶山雅信出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金七〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、京都市上京区五辻通七本松西入上る老松町一〇三番地において、「岩崎商店」の商号を使用し、京呉服の卸売及び売買取引の仲介業を営むものであるが、所得税を免れようと企て、

第一  昭和五二年分の総所得金額は、三、一〇六万二、九六二円で、これに対する所得税額は一、一九二万八、二〇〇円であったにもかかわらず、公表経理上呉服販売にかかる売上の一部及び不動産賃貸料収入の一部を除外し、これによって得た資金を架空名義の定期預金にするなどの不正な方法を用いて所得を秘匿したうえ、昭和五三年三月一三日同市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五八番地所在の所轄上京税務署において、同税務署長に対し、昭和五二年分の総所得金額は五九三万一一一円で、これに対する所得税額は所得税法に則した計算によればなく還付を受ける源泉所得税額が二九万九、五〇九円となる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正当な所得税額と右申告にかかる還付所得税額との差額一、二二二万七、七〇〇円を免れ、

第二  昭和五三年分の総所得金額は四、二二六万六、〇九七円で、これに対する所得税額は一、八七三万七、五〇〇円であったにもかかわらず、前同様の不正な方法により所得を秘匿したうえ、昭和五四年三月一四日前記上京税務署において、同税務署長に対し、純損失の金額が五二〇万八、一八四円でこれに対する所得税額は所得税法に則した計算によればなく還付を受ける源泉所得税額が四四万四、四六六円となる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正当な所得税額と右申告にかかる還付所得税額との差額一、九一八万一、九〇〇円を免れ、

第三  昭和五四年分の総所得金額は二、八一五万四七円で、これに対する所得税額は一、〇二〇万一、一〇〇円であったにもかかわらず、前同様の不正な方法により所得を秘匿したうえ、昭和五五年三月一四日前記上京税務署において、同税務署長に対し、純損失の金額が一、〇三七万九、一三六円でこれに対する所得税額は所得税法に則した計算によればなく還付を受ける源泉所得税額が三一万四、七〇三円となる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正当な所得税額と右申告にかかる還付所得税額との差額一、〇五一万五、八〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書(検二三三号ないし二四六号)

一  被告人の検察官に対する供述調書(検二四七号)

一  伊藤久子(三通、検二一〇号ないし二一二号)、大下喜次(検二一三号)、遠藤善郎(検二一四号)、高橋英夫(検二一五号)、和田貞男(検二一六号)、青木正雄(検二一七号)、堀貞治(検二一八号)、山際富之(検二一九号)、藤木廣義(検二二〇号)、松森弘明(検二二一号)、中田喜治(検二二二号)、森下重三(検二二三号)、大橋吉治郎(検二二四号)、久光秀男(検二二五号)、後藤幸蔵(検二二六号)、岩崎洋子(検二二七号)、岡本晃(検二二八号)、喜多昭憲(検二二九号)、山本勝己(検二三〇号)、広瀬広明(検二三一号)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の各査察官調査書(検一一号ないし一四号、七六号、九四号、九五号、一三二号、一三九号、一四〇号、一四七号ないし一四九号、一五五号、一五六号、一八三号、一九五号)

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(検二号)、脱税額計算書(検五号)及び脱税額計算書説明資料(検八号)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(検三号)、脱税額計算書(検六号)及び脱税額計算書説明資料(検九号)

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(検四号)、脱税額計算書(検七号)及び脱税額計算書説明資料(検一〇号)

(法令の適用)

一  (判示各所為)いずれも所得税法二三八条一項、二項

一  (刑種の選択)いずれも所定刑中、懲役刑と罰金刑とを併科

一  (併合加重)刑法四五条前段、懲役刑について同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重)、罰金刑について同法四八条二項(各罪所定の罰金額を合算)

一  (労役場留置)同法一八条(一日換算金五万円)

一  (刑の執行猶予)同法二五条一項(懲役刑について)

(量刑の理由)

本件は、京呉服の卸売及び仲介業を営む被告人が、連鎖倒産等による将来の事業不振に備えるとともに、持病のある被告人の家族の将来の生活に備え財産を蓄積しようとの動機から、昭和五二年以降昭和五四年までの三か年間に所得税合計四一九〇万円余をほ脱したというもので、税額の還付まで求めそのほ脱税額が多額にのぼるのみならず、そのほ脱率は各年共約一〇二ないし一〇三パーセントに及んでいて、その申告率が極めて低いうえに、その手段も被告人の事業のうち相当部分を占めるとみられる展示会販売、企画販売の売買利益の大部分を申告しなかったことなど犯情は悪質であるが、他方、被告人は本件脱税にかかる所得税、重加算税、延滞税等をすべて現に納付しているかあるいはその数額が確定次第納付する準備をしていること、本件査察に当り会計帳簿類に格段の操作を加えていた形跡もなく被告人も協力的で比較的容易に真の所得税額を確定できたことなど、反省の態度が認められるうえに、本件により取引先の信用失墜等それ相応の社会的制裁も受けていると窺われることなどの事情も認められるので、これらの諸事情も総合考慮のうえ主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

○ 控訴趣意書(昭58・7・11取下げ)

被告人 岩崎正夫

右の者の所得税法違反控訴被告事件につき、弁護人は左記のとおり控訴趣意書を提出する。

昭和五七年二月一〇日

右弁護人

弁護士 北條雅英

大阪高等裁判所

第六刑事部御中

本件については、公訴事実そのものについては争わないものであるが、結果的に多額の脱税を犯したことについては、左記のとおりの事情があり、原判決の量刑は重きに失すると思われる。

一、先ず検察官が冒頭陳述の冒頭で述べている売上及び仕入除外の記帳方式であるが、これは脱税とは全く関係がない。被告人は、自己の営業を売上から仕入を差引いた手数料収入と認識して申告しているだけのことであって売上・仕入の双方を除外しても、その差額たる手数料を申告すれば所得額の算出上は違算を生じない(もっともこれが被告人の営業形態から見て所得計算上妥当かどうかは別であるが)。

二、被告人の営業は、本人自身の営業活動と妻の事務、女性事務員による会計記帳のみで日常行われているため、日常の会計記帳がルーズであり、あるいは担当税理士の指導が不徹底であったことも認められる。

(一) この原因によって、経費計上が為されていない項目もあり、これは左記のとおりである。

〈1〉 水道光熱費

〈2〉 修繕費

〈3〉 償却費

〈4〉 交通費(近畿日本ツーリスト分)

〈5〉 保険料

〈6〉 固定資算税

等々である。

(二) 又この原因によって記帳不備となったものは次のとおりである。

〈1〉 割引料-債権は発生していたが未収であったため計上していなかった。

〈2〉 旅費-商売がらみの招待旅行

〈3〉 交際費-中元・歳暮のみの認定で日常のものが認められなかった。

〈4〉 支払利息-家事用と営業用の区別が為されてなかった。前項の〈1〉乃至〈3〉などと裏腹の関係にある。

等々である。

三、ところで、本件での三年間の認定所得と申告所得との差額は計一億一一一一万円にのぼるのであるが、その多くの部分は左記の事情で生じたものである。

(一) 青色申告の取消により妻の専従者控除が否認された分が三年間で計約一二〇〇万円、これは申告形態の変更によって生じたものに過ぎない。

(二) 本人の給与申告分が同じく約一千万円。これは税務署の指導の誤りによるものである。

給与として別に源泉徴収をされている訳で、その分還付されることになる。

(三) 五二年当初の在庫分が約一五〇〇万円。これは、その後に売り上げがありながら、仕入先不明の為、売り上げを認めながら在庫を否認された分

(四) 簿外のリベート約二〇〇〇万円。これは被告人の営業の仕組上、止むなくリベート交付先を供述することが出来なかった分である。

(五) 受取利息・貸倒れ金約四七〇〇万円。これは債権は発生しているものの、回収不可能な分である。

(六) 以上合計すると約金一億四〇〇万円となる。

四、本件は記帳のルーズさはともかくとして、二重帳簿つける等の脱税を意図した記帳ではない。

五、本税・延滞税等はすでに支払済である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例